南九州市知覧~指宿
相変わらずの猛暑日のある鹿児島です。
お疲れ様です!
今日は野鳥ではありません。知覧から指宿へ撮影で出かけました。
南九州市知覧町 特攻基地もあった若い命の最後の地です。
特攻平和会館 いわゆる戦場遺跡の場所
早速ですが

館内ロビー横にゼロ戦の展示・撮影できるのはここまで!



一人乗りの操縦席は驚くほど狭い この場所に乗り込み、
南方の海に散っていく・・・・若者たちはどういう思いでここ
に乗り込んだのだろうか・・
館内はそんな若い兵士たちの、自分の家族にあてた手紙が
胸を熱くする。。。。母親への手紙が多かった気がする・
検閲があるので、本音を書けない手紙。。ただそこには、愛する
家族に宛てた強いメッセージが記されていました。
資料館の近くに三角兵舎という普段、彼らが生活する場所も
覗くことができた。

三角・見たままの宿舎名

寝るだけの部屋 ここで近づいてくる特攻の発令を待つ・
若い兵士たちの生活は、地元の女子校の皆さんと地元の皆さん
特攻の母と言われた富屋食堂の鳥濱トメさん 私財を投じて
食材の買い出しや、彼らの話を聞いたり、届かないはずの手紙
を預かり、若い彼らの最後の思いを叶えた方です。
内孫の鳥濱明久氏は、その意思を引き継ぎ、この地で今の
世代の人々に熱い思いを伝えてこられました。残念ながら、僅か
62歳で亡くなられたとか。。一度、指宿で盃を交わしたことが
あります。大変気持ちの熱い方でした・
こんな話を聞いたことがあります。
今の富屋食堂の資料館に、いわゆるギャル(金髪で派手な格好)
された方が一人で訪ねてこられ、展示されていたある手紙から
目が離れず、そのうち号泣された。。
彼は声を掛けた・「よかったら、特攻機が離陸した滑走路跡まで
行ってみませんか?」
彼は30年以上トメと共に暮らし、史実を直接受け継いだ方。
彼亡きあとは、息子さんが館長としてさらにその意思を引き継いでおられるようです。
知覧は、特攻基地だけではなく、知覧茶という日本茶が有名。
あと、武家屋敷もあり、見学もできる。
知覧茶を使ったべにふうきの紅茶もほろ苦さとスッキリした、
飲み口でうまい。
紅茶は、五代友厚が製法を記し、島津斉彬に見いだされた、
奈良出身の石河正竜がインドからアッサム系の苗を仕入れたこと
から始まり、高知県が国内紅茶の発祥の地。しかし、その後、
紅茶は鹿児島の枕崎に集約され、紅茶終焉の地と言われてます。
そんな紅茶が飲めるカフェが知覧にはあります。

「薩摩英国館」 鹿児島とイギリスの関係は、幕末の生麦事件
から鹿児島湾でイギリス艦隊と鹿児島と激突!その後は、斉彬
による薩摩英国留学生など、交流が始まった。
そういった資料館でもある薩摩英国館にはカフェも併設されて
います。



それでは、次回は指宿市にある九州最大の淡水湖池田湖と
そこから見える開門岳を紹介します!
